書評:『メモの魔力』前田裕二 著

「意識高い系の本でしょ」と思っていた私が、読後に手帳を開いていた話


2019年に発売されたとき、正直あまり食指が動かなかった。書店に平積みされ、SNSで「人生変わった」「自己分析1000問やってみた」という投稿が溢れていたが、なんとなく意識高い系の自己啓発本という印象があって、手を伸ばすのをためらっていた。

結局読んだのは数年後で、きっかけはブクログで見かけた「ビックリするくらい目から鱗の連続だった」というレビューだった。そこまで言うなら、と重い腰を上げた。

読み終わったあと、気づいたら手帳を開いていた。


どんな本か

著者の前田裕二氏は、SHOWROOM株式会社の代表取締役社長。早稲田大学卒業後に外資系投資銀行、DeNAを経て、仮想ライブ空間「SHOWROOM」を立ち上げた起業家だ。

本書は2018年12月に幻冬舎(NewsPicks Book)から刊行。2019年のビジネス書年間ランキングで1位を獲得し、累計50万部以上の大ベストセラーとなった。帯には秋元康の推薦コメントが入っている。

内容は大きく2部構成だ。前半は前田流のメモ術——「ファクト」「抽象化」「転用」という3ステップのフレームワーク。後半は、そのフレームワークを自己分析に応用し、人生の軸(コンパス)を見つける方法。巻末には「自己分析1000問」という付録がついている。


読んでよかった点:「メモはノート術ではなく思考法だ」という転換

この本で最も強く刺さったのは、**「メモには2種類ある」**という冒頭の仕分けだ。

「記録のためのメモ」と「知的生産のためのメモ」——この区別を意識したことがなかった。これまで自分がやってきたのは、ひたすら前者だけだったと気づく。議事録、ToDoリスト、聞いた話の走り書き。それらは「忘れないために書く」ものであって、何かを生み出すためのものではなかった。

前田氏の提案する3ステップは、こうだ。まず起きた出来事や聞いた言葉を「ファクト」として書く。次に「なぜ?」「これって本質は何?」という問いを立てて「抽象化」する。最後にその抽象化したエッセンスを別の文脈に「転用」してアクションにつなげる。

ノートの見開きを4ブロックに分けて使う具体的なフォーマットも掲載されていて、「これ試せそうだな」という気持ちになった。実際に映画を観ながらこのフォーマットでメモしてみると、今まで「面白かった」で終わっていた体験が、仕事や日常に使えるアイデアの種になった。

本書でもう一つ強く印象に残ったのは、著者の自己分析の徹底ぶりだ。就活の時期に30冊以上のノートを費やして自己分析したというエピソードが出てくる。「自分が何者か」を言語化しきることで、何に情熱を注ぐべきかが明確になり、行動に迷いがなくなる——その論理は説得力がある。

「どんな自己啓発本を読んだって、どんなビジネスセミナーに行ったって、自分を知らなければ何も意味がない」というメッセージは、本書の核心部分だと思う。メモ術というよりも、自己認識の深め方の本だ。


気になった点:「前田裕二でなければ使えないフレームワーク」問題

ただ、読みながら引っかかった部分も正直ある。

まず、ファクト→抽象化→転用というフレームワーク自体は、知的生産術の世界では既存の概念だ。note(ありひと氏)が指摘するように「言葉は違えど、多くの知的生産術に長けた著名人が同じことを言っている」。山口周氏のインプット論でも、他のノート術の本でも、似た発想は登場する。このフレームワーク自体に「前田裕二ならでは」の独自性があるかというと、少し疑問が残る。

より根本的な問題は、「この方法を前田氏と同じレベルで使いこなせる人がどれだけいるか」だ。前田氏は映画を1本観て100個以上のメモを書き、毎日おびただしい量の抽象化と転用を繰り返している。その習慣と情熱と能力があってこそのフレームワークだ。「誰にでもできる」と言うが、日常のすべての体験をファクトとして観察し、抽象化まで行うのは、それ自体が相当な訓練と素質を要する。

ブックライブの感想に「まだ魔力と思えるほどの経験はできていない」という正直な声があったが、これは多くの読者の実感に近いのではないか。本書を読んで「やってみよう」と思い、実際にフォーマット通りにメモを始めて、しばらくして挫折した人は相当数いるはずだ。

後半の自己啓発的なトーンも、前半のメモ術パートと少し温度差がある。「人生の勝算を持て」「夢を言語化せよ」という方向性になると、メモの技術論から離れて精神論・熱量論になる。前半で提示されたフレームワークの実践例としては、もう少し具体的なケーススタディが欲しかった。

「SHOWROOM自体がいま順調なのかというとよく分からないが」というブクログのコメントも、読後に少し気になった。本書が書かれた2018年当時の前田氏の熱量と地位と、その後の文脈がどう変わったかは、本書の評価とは別の話だが、「現在も輝いている著者の本なのか」という視点が出てくるのは避けられない。


まとめ

項目評価
「知的生産のためのメモ」という概念の新鮮さ★★★★★
ファクト→抽象化→転用の実用性★★★★☆
フレームワークの独自性★★★☆☆
一般人が同じように実践できるか★★★☆☆
後半の自己啓発パートの説得力★★★☆☆

こんな人におすすめ: 「記録のためのメモ」しかやってこなかった人。自己分析が浅いまま動いていると感じる人。日常の出来事からアイデアを生みたいと思っている人。前田裕二という人物のエネルギーと思考法に興味がある人。

こんな人は注意: ノート術・メモ術を複数冊読んできた人にはフレームワーク自体が既知の可能性がある。後半の人生論・熱量論が苦手な人には温度差を感じるかも。「読んですぐ習慣化できる」かどうかは、読者のリテラシーと継続力による。


最後に一つ。この本の価値は、フレームワークそのものより、前田裕二という人間の「自分を知り尽くす」姿勢にある気がする。就活に30冊以上のノートを費やし、自分の人生のコンパスを徹底的に言語化した——そのエネルギーが全編から滲み出ていて、読んでいて「自分は何も考えずに生きていたな」という反省が生まれる。

メモ術の本を読んで、自分の人生について考えさせられる。それはこの本が、ただのノウハウ本では終わっていないことの証拠だと思う。


著者:前田裕二 / 出版社:幻冬舎(NewsPicks Book・2018年) 2019年ビジネス書年間ランキング1位 / 累計50万部超 / 秋元康推薦 / 巻末「自己分析1000問」付録