書評:『人は話し方が9割』永松茂久 著

「話し方」の本なのに、一番大切なのは「聞くこと」だった


はじめに

「話し方が上手くなりたい」と思っていた。プレゼンで頭が真っ白になったり、初対面の人との会話が続かなかったり。書店で何度かこの本の背表紙を見ながら、手に取るのを迷っていた。「どうせよくある会話術の本でしょ」と思っていたから。

でも、ある日ついに買った。読んでみると、予想と少し違う本だった。「うまく話そうとするな」という話だったのだ。


どんな本か

著者の永松茂久氏は、2001年にわずか3坪のたこ焼き屋から商売を始め、飲食業から講演・人材育成事業へと展開してきた実業家兼著者だ。難しい学術理論ではなく、自身の現場経験から積み上げた実践的なコミュニケーション論を書いた本書は、2019年9月に発売。2021年に日本の全書籍を含む年間ランキング総合1位(日販調べ)となり、ビジネス書部門では2年連続1位を獲得。2022年2月に単冊100万部を突破するロングセラーとなっている。

帯には「1分で人を動かし、100%好かれる話し方のコツ」「人間関係は、この1冊で全部うまくいく」とある。ちょっと盛りすぎでは?と思ったが(実際そう思う)、中身はそのキャッチコピーよりだいぶ地に足ついていた。

内容は大きく4章。「話し方で人生は変わる」「また会いたいと思われる話し方」「聞き方で好かれる」「場をコントロールするネタ作り」という流れで、実践的なコツが整理されている。


読んでよかった点:「話す力は聞く力で決まる」という逆転の発想

この本で一番刺さったのは、タイトルが「話し方が9割」なのに、実は「聞き方」の話が核心だという構造だ。

著者は「人は誰でも自分のことが一番大切で、自分のことをわかってほしいと思っている。だから自分のことをわかってくれる人を好きになる」と言う。それなら答えは簡単で、相手の話をちゃんと聞いて、相手を主役にすることが最強の「話し方」になる。

その具体的な手法として紹介される**「拡張話法」**が地味に使えた。相手の言葉をそのまま繰り返し(「○○なんですね!」)、感嘆し(「すごいですね」)、質問で広げる(「それで?」「どうなったんですか?」)——ただそれだけ。自分が面白いことを言わなくても、相手は気持ちよく話してくれる。

「人は笑わせてくれる人より、一緒に笑ってくれる人が好き」という一節は、シンプルだけど確かにそうだなと思った。話がうまい人への憧れが、自分を苦しめていたことに気づいた。

「否定禁止」の話も現実的だった。正論で相手を論破しても、感情的な溝が広がるだけ。ビジネスの場で「でも、それは…」と言いたくなる衝動をぐっと抑えるだけで、人間関係がぐっと楽になった経験は確かにある。

全体的に文章は短く、章も細かく区切られていて、移動中や隙間時間にサクサク読める。「とにかく読みやすい」という感想が多いのはそのためで、コミュニケーションに苦手意識を持つ人が手に取ったとき、重くなりすぎないよう設計されているのが伝わる。


気になった点:「苦手な人を避ける」は社会で通用するのか

ただ、読んでいて首を傾げた部分もある。

本書のメインメッセージの一つが「苦手な人との会話を避け、大好きな人と話す時間を増やすことが基本」というものだ。これは確かに心理的には正しいし、人間関係の質を上げるための思想としては理解できる。でも、note(artoday氏)が「インテリジェンスのある読者なら思考が止まるだろう」と指摘するように、社会ではそうはいかない場面が多い。苦手な上司、難しい取引先、気が合わない同僚——それを避けて済む仕事や立場の人ばかりではない。

「100%好かれる話し方のコツ」という帯の言葉も気になる。100%、は言いすぎだ。どんなに話し方を工夫しても、相性や価値観の違いは存在する。「好かれる努力をしよう」は正しいが、「100%好かれる」は約束できない。こういう過剰なキャッチコピーが、本の内容への信頼を少し下げている気がする。

ブクログのレビューにある「目新しいものがなく内容が浅い、例えば聞き方が大事と言われてもすでに知っているし心に響かない」という声も正直なところ、一定数の読者には当てはまるだろう。コミュニケーション本を読み慣れている人、カーネギーの『人を動かす』やその手の本を複数読んできた人には、既知の内容が多い。著者もたこ焼き屋からの経験を下敷きにしているため、エピソードが特定の文脈(飲食・接客・営業)に偏っている印象があり、「これが私の状況に使えるか?」という疑問が湧くことも。

note(artoday氏)がまた「全体像が見えない、体系化されていない」と指摘するのも一理ある。各章のコツは実践的だが、それが全体でどういう人間観・コミュニケーション観に基づいているのかが明示されていない。「いいことが並んでいる」感じはするが、どこか核心が見えにくい。

また「話し方の本だと思って読み始めたが、プレゼンや説明の技術の話ではない」という声も散見された。タイトルから「スピーチを上手くしたい」「人前でうまく話せるようになりたい」と期待して手に取ると、方向が違うことに気づく。本書は日常会話の「好かれ方」の本であって、プレゼンや交渉の技術書ではない。


まとめ

項目評価
読みやすさ・入門のしやすさ★★★★★
拡張話法など実践的なコツ★★★★☆
独自性・目新しさ★★★☆☆
理論の体系性・深さ★★☆☆☆
「苦手な人は避ける」の現実性★★☆☆☆

こんな人におすすめ: 人との会話に苦手意識や緊張を感じている人。コミュニケーション本を初めて読む人。「うまく話さなきゃ」と必要以上に力んでしまう人。とにかく手軽に読み始めたい人。

こんな人は注意: カーネギーやその系統の本を読んだことがある人には目新しさが少ない。プレゼン・スピーチ技術を磨きたい人には本書は向かない。「苦手な人とどう向き合うか」の答えを求めている人には物足りない。


最後に一つ正直に言うと、この本で「人生が変わった」とまでは言えない。でも、「相手を主役にする」という一点だけは、読んでから明らかに意識が変わった。会話で自分がしゃべりすぎていたことが、あとから振り返ってよくわかった。

100万部の本というのは往々にして、全員の悩みに60点で答えるような設計になっている。本書もそうで、深く刺さる人と「当たり前じゃん」と感じる人が両極端に分かれる。自分がどちら側かを、書店で少し立ち読みしてから判断するのもいいかもしれない。


著者:永松茂久 / 出版社:すばる舎(2019年) 日本年間ランキング総合1位(2021年・日販調べ) / ビジネス書2年連続1位 / 単冊100万部突破