書評:『夢をかなえるゾウ1』水野敬也 著

「笑いながら読める自己啓発書」の金字塔――でも、読んだだけで終わってない?


はじめに

本棚を眺めていたら、ふと目に入ったこの一冊。実は何年も前に一度読んだことがあって、そのときは「面白かったな」で終わってしまっていた。今回改めて読み直してみると、当時とはまた違う感想が湧いてきた。いい意味でも、ちょっと複雑な意味でも。


どんな本か

2007年に飛鳥新社から刊行され、のちに文響社に版権が移行してからもロングセラーを続けるこの本、シリーズ累計は500万部を超えている。テレビドラマにもアニメにもなったから、読んでいなくても「ガネーシャ」という名前くらいは聞いたことがある人は多いはずだ。

あらすじはシンプルだ。さえないサラリーマンの「僕」が、ある夜インド土産の置き物から「変わりたい」と泣き叫んだところ、翌朝枕元にゾウの頭を持つ神様・ガネーシャが現れる。コテコテの関西弁を話し、甘いものが大好きで、「ニュートンもビル・ゲイツも俺が育てた」などと言いまくるこの神様が、「僕」に毎日ひとつずつ課題を出していく、という物語だ。

課題の内容が、これまたすごく地味。「靴を磨く」「コンビニでおつりを募金する」「腹八分目にする」「トイレ掃除をする」……。読み始めたとき正直「え、これだけ?」と思った人は、たぶん自分だけじゃないと思う。


読んでよかったと思う点

まず率直に言うと、読み物としてめちゃくちゃ面白い。自己啓発書なのに、ページを開くとガネーシャの漫才みたいなトークが止まらなくて、気づいたら笑いながら読み進んでいる。普通の自己啓発書が「モチベーションを上げて読む」ものだとしたら、この本は「気づいたら読み終わっていた」という感覚に近い。

ガネーシャというキャラクターの設定が絶妙で、読者に「え、こいつほんとに神様か?」と突っ込ませながらも、課題の背後にある本質的なメッセージがじわじわ染みてくる構造になっている。「靴を磨く」という課題ひとつとっても、ただの清潔感の話ではなく、自分の仕事道具を大切にする姿勢、ひいては自分自身を大切にするという哲学がそこに込められている。説教臭くならずにそれを伝えられているのは、著者の筆力だと思う。

また、本書のもっとも核心的なメッセージが、自己啓発書の読者に向けた痛烈なひとことに凝縮されている。「今ワシが言うたことに感動してるかもしれんけど、それ、お前の本棚の本に全部書いてあんで。読んだとき感動したやろ。けど、変われてへんやろ」という場面。これ、刺さる人には本当に刺さる。自己啓発書を何冊読んでも変われない理由を、ガネーシャが容赦なく突きつけてくる。「知識を頭に入れるだけでは人間は変われない。変われるのは、立って何かをした時だけ」という言葉は、シンプルだが重い。


ちょっと引っかかった点

正直に書こうと思う。全体の話として15%くらい、「うーん」と感じた部分もあった。

まず、課題の内容があまりにも基本的すぎて、「これって自己啓発書を読むほどのことか?」と感じる人もいるだろう。靴を磨く、感謝する、お参りに行く……。これ自体は正しいし大事なことだとわかる。でも、すでに自己啓発書を何冊も読んで「もっと具体的な成功法則が知りたい」と思って手に取った人にとっては、やや肩透かしな内容かもしれない。

そして少し気になったのが、著者の水野敬也氏自身がこの本に書いてある行動をして成功した人、というわけではないという点だ。複数のレビューでも指摘されているように、本書は膨大な自己啓発書や偉人伝を下敷きにして、それをユーモアある物語形式に翻訳した作品だ。それ自体は素晴らしい仕事だと思う。でも「この通りにやれば成功する」という断言には、少し慎重になったほうがいいのかもしれない。

さらに、実際にこの本の課題をすべて実践した人のレポートを読んでみると、「100円にも満たない収益しか得られなかった」という話もある。もちろんそれは当然で、本書自体も「課題を一度やれば夢が叶う」とは言っていない。継続することが前提であり、本書を読んだだけでは何も変わらない。その意味では、本書の売り方が少し「夢をかなえる方法本」っぽくなりすぎていないか、という引っかかりが残る。タイトルのインパクトと内容の地味さのギャップが、期待値を上げすぎてしまう面もある。


結局、読む価値はあるのか

ある。断言できる。

ただし、「読むだけで変われる魔法の本」ではない。本書が繰り返し訴えているのは、まさに「読んだだけで満足するな」ということなので、これは本書自身も認めている矛盾でもある。つまり、この本に書いてある課題を実際にやってみて初めて、この本の価値が発揮される。

自己啓発の入り口として最高の一冊だと思う。ふだん本をあまり読まない人でも、マンガを読むような感覚でスラスラ読める。そして読み終わったあとに「とりあえず靴でも磨いてみるか」と思えれば、それでじゅうぶんだ。

逆に、すでに自己啓発書を何十冊も読んでいて「新しい知識が欲しい」という人には少し物足りないかもしれない。でもそういう人こそ、「知識は十分なのに行動できていない」という状態に陥っている可能性が高い。そういう意味では、やっぱりこの本が刺さる対象は広い。


まとめ

項目評価
読みやすさ★★★★★
ユーモア・エンタメ性★★★★★
実用性(課題の行動しやすさ)★★★★☆
内容の目新しさ★★★☆☆
読後の行動変容読者次第

こんな人におすすめ: 自己啓発書を初めて読む人、何度も本を読んだのに変われていないと感じている人、とにかく楽しく読みたい人。

こんな人には物足りないかも: すでに自己啓発書を多数読んで知識はあり、さらに具体的な戦略や新しい理論を求めている人。


「知識を頭に入れるだけでは人間は絶対に変われへん。人間が変われるのは、立って、何かをした時だけや」 ― ガネーシャ

この一文、本棚に積まれた自己啓発書に全部書いてあることを、ガネーシャは笑いながら教えてくれる。そしてそれを読んでいる自分が、また本を読んで満足してしまわないように。それがこの本の、ちょっと意地悪で、すごく誠実な部分だと思う。


著者:水野敬也 / 出版社:文響社 / シリーズ累計500万部超